| 年 |
できごと |
| 2500万年前〜数十万年前 |
阿寒周辺の火山が活動をはじめる。数十万年前までに阿寒カルデラの外輪山ができる。 |
| 15万年前 |
外輪山の中心に大きな「阿寒火山」が形成され大量の火砕流を噴出したあとマグマの圧力が低下し大きく陥没。そこに水がたまり大きな「古阿寒湖」ができる。「古阿寒湖」は現在の「雄阿寒岳」「ペンケトー」「パンケトー」を含む現在の阿寒湖の10倍ほどの大きさの湖だった。 |
| 1万年前 |
雄阿寒岳が噴出。 |
| 6000〜7000年前 |
大体今の阿寒湖の形になる。その後「雌阿寒岳」が噴出。現在の阿寒の地形が形成される。 |
| 1885年(安政5年)3月27日 |
松浦武四郎が和人ではじめて阿寒湖を訪れる |
| 1897年(明治30年)8月23日夕暮れ |
札幌農学校の学生川上瀧彌氏が阿寒湖シュリコマベツ(シリコマベツ)湾で和人ではじめてマリモを発見しマリモの存在を世に出す。 |
| 1898年(明治31年) |
川上瀧彌氏が「札幌農学校学芸会雑誌 第ニ十五号」と「植物学雑誌 第十二巻 第一三七号」で採集記録と和名「マリモ(毬藻)」を発表 |
| 1915年(大正4年) |
マリモ発見者川上瀧彌氏病没。45歳 |
| 1919年(大正8年) |
吉井義次(史跡名勝天然記念物調査員)が調査 |
| 1921年(大正10年)3月3日 |
阿寒湖のマリモが国の天然記念物に指定される |
| 1924年(大正13年) |
発電による湖水面の低下、木材の鉄砲流しによるマリモへの被害が問題視される |
| 1922年(大正11年) |
西村真琴氏がマリモの調査する。吉井義次氏も調査。 |
| 1934年(昭和9年) |
阿寒湖一帯が阿寒国立公園に指定される。 |
| 1937年(昭和12年) |
三好学氏が調査。遊覧船の投錨によるマリモへの被害を指摘 |
| 1941年(昭和16年) |
このころまでにシュリコマベツのマリモが全滅 |
| 1948年(昭和23年) |
舘脇操氏が調査。群落の衰退を指摘。 |
| 1950年(昭和25年) |
再び舘脇氏が調査。春季の水位低下が被害を及ぼしていることを指摘。マリモ愛護会が発足するとともに第1回まりも祭りが開催される。 |
| 1952年(昭和27年)3月29日 |
特別天然記念物に格上げ指定される。後年この日を記念し3月29日を「マリモの日」に指定 |
| 1956年(昭和31年) |
吉井義次氏が調査。大正期の調査に較べ著しく群落が衰退していることを確認。 |
| 1957年(昭和32年) |
チュウルイに監視舎をつくりマリモ保護監視人の常駐開始。山田幸男氏が調査。 |
| 1958年(昭和33年) |
道、阿寒町教委、北海道大学らが調査。マリモ打ち上げ防止網を設置。山梨県山中湖にもマリモの仲間がいることが判明「フジマリモ」と命名され山梨県の天然記念物に。 |
| 1961年(昭和36年) |
チュウルイ島にマリモ観覧施設を作る。観光船の生息地乗り入れを自主規制 |
| 1962年(昭和37年) |
チュウルイ湾にマリモ打ち上げ防止堤を設置 |
| 1963年(昭和38年) |
道教委、阿寒町が調査 |
| 1965年(昭和40年) |
台風による大量打ち上げ。山田幸男氏調査 |
| 1972年(昭和47年) |
北海道大黒木宗尚氏等が総合調査 |
| 1974年(昭和49年) |
畑正憲氏が水中のマリモをはじめて撮影 |
| 1976年(昭和51年) |
マリモが湖水の汚染で危機に陥っていることが北海道新聞によって報道される |
| 1978年(昭和53年) |
チュウルイ島にマリモ展示観察センターができる |
| 1979年(昭和54年) |
山梨県河口湖にもフジマリモが生息していることが判明 |
| 1983年(昭和58年) |
前田光子氏が所有する阿寒湖周辺の3800ヘクタールの森林を後世に自然のままに残すために財団を設立。(現在の前田一歩園財団) |
| 1984年(昭和59年) |
阿寒湖畔温泉街湖底の汚泥浚渫除去開始 |
| 1985年(昭和60年) |
黒木宗尚氏が調査 |
| 1986年(昭和61年) |
湖畔の下水道共用開始 |
| 1988年(昭和63年) |
マリモ調査研究会が定期調査 |
| 1991年(平成3年) |
阿寒町教委に専門学芸員配置 |
| 1994年(平成6年) |
海塩によるマリモの成長促進現象が阿寒町学芸員の若菜勇氏によって発見される。水産庁がマリモを絶滅危惧種に指定 |
| 1995年(平成7年) |
第3次総合調査が開始(〜平成9)強風による影響で岸にマリモが大量に打ちあがる |
| 1996年(平成8年) |
チュウルイ島マリモ展示観察センタが全面改修 |
| 1997年(平成9年) |
マリモ球形化の基本原理を若菜勇氏が解明。マリモ培養促進技術で北海道電力と阿寒町らが特許出願。何種かあったマリモの仲間がタテヤママリモを除き阿寒湖のマリモと同じ種であることがDNA鑑定によって判明。 |
| 1998年(平成10年) |
マリモがシオグサ科の植物と異なる植物であることが判明。マリモ発見命名から100年。第3次総合調査の結果阿寒湖にマリモは6億個が生息、25センチ以上の物は3000個が生息していることが判明 |
| 1999年(平成11年) |
まりも祭り50回目。第1回阿寒国際マリモシンポジウムが開かれる。アイスランド、ミーヴァトン湖に世界最大のマリモ群生が存在することが判明。 |
| 2000年(平成12年) |
まりも祭りのとき第2回阿寒国際マリモシンポジウムが開かれる。「マリモ…その愛…」11月に開設 |
| 2001年(平成13年) |
北米大陸にもマリモがいることが確認される |
| 2002年(平成14年) |
「阿寒湖畔エコミュージアムセンター」が完成。9月末にこれまで発見された中で最大級の直径31センチのマリモが発見される。10月初旬台風で打ち上げられる |