| 河口湖
一番下に河 口湖の地図を載せておきました →富士五湖広域地図
河口湖マリモ栄枯盛衰
河口湖のマリモは山中湖より遅れて1979年に発見され
ました。発見者は湖岸の観光施設「河口湖遊園」の支配人大石豊さんです。当時の新聞を参考にその様子を紹介しましょう。大石さんは1979年1月19日に
河口湖の鵜の島の施設を見回り中大量の藻が岸辺に打ち上げられているのを発見しました。その日は以上に波が高く、藻が打ちあがっているとき最初は氷に藻が
絡みついたものだと重たそうです。手にとって見ると直径が親指の先のものから15センチにもなるものがあり「マリモ」だと直感しバケツに採取、富士ビジ
ターセンターに調査を依頼しました。そこで正式にマリモだと確認されました。河口湖では乱獲が心配されたため(山中湖では生息地が公開され乱獲が原因で大
量にマリモが減少しました)生息地は伏せられ報道されました。しかし生息が報じられて4日後の新聞に「「マリモ採り」をする人が現れた」と報じられていま
す。そこですぐさま県の天然記念物に指定し乱獲を防止するよう地元の人たちは気を揉んだようです。それから河口湖でマリモが観光資源として脚光を浴びま
す。まずマリモを最初に同定し公開展示した富士ビジターセンターの入場者が急増します。続いて「マリモ商戦」の火蓋が切り落とされました。手始めに河口湖
へ行く鉄道を経営する富士急行は「フジマリモ記念乗車券」を売り出しました。発見地の鵜の島(当初鵜の島が発見地だということは伏せられていた)にあるレ
ストランは「マリモ館」と改名。マリモ定食とマリモ弁当を発売しました。その後マリモ羊かん、マリモまんじゅうも発売しました。
さてそのようにマリモで沸いた河口湖畔。その後のマリモ
はどうなったのかというとかなり残念な状況です。その後の調査では発見地以外の場所にも生息することが確認されました。しかし1980年代、90年代と時
代が流れるにつれ湖畔の開発も進み河口湖自体の水も汚れていきました。そして現在ではほとんどマリモは見られなくなったようです。 河口湖町、勝山村のそれ
ぞれの役場で河口湖のマリモについて聞いてみましたが皆さん「う〜ん…。マリモ…。」というような対応でした。現在ではほとんど消滅し、また町長も当時と
は違い、マリモ保護にはほとんど動いていないようです。
またマリモが発見された鵜の島の設備も現在は撤去されて鵜の島に渡る手段はありません。ですからレストラン「マリモ館」
もありませんし。マリモを見ることができるような設備もありません。現在鵜の島付近はひっそりとしています。
富士五湖付近で、「マリモ羊かん」「マリモまんじゅう」をはじめマリモ関係のお菓子が無いか探したのですが見当たりませ
んでした。おみやげ屋のおばちゃんに聞いてみてもマリモのお菓子等はないとの事です。
そして一番最初に河口湖のマリモを採取し展示していた富士ビジターセンターにもマリモは展示されていません。マリモの傷
みが激しいため近年湖に還したとのことでした。ここでは写真パネルと簡単な説明を見ることができます。
生き延びているマリモはやっと静かになったと思っているかもしれませんね。 富士五湖だけではなくマリモ全体、あるいは生物全体に言
えることですが、金になるもの(もしくは期間)は保護し金にならなくなったら、あるいは開発したほうが利益が大きいときは生物の存続は無視されるようで
す。意地悪い
見方かもしれませんが、山中湖、河口湖はマリモ以外にも観光資源が豊富でマリモがいなくても飢える心配はない。 もっと河口湖の写真を見たい方へ
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