| さて森の中に入るとあたりは薄暗くなり窓からは虻がた
んまり入ってきます。心細くなってきた頃、急坂を下って道の行き止まりになっています。その行き止まりがもう左京沼の湖畔になっています。道の行き止まり
は車が四台も止まればいっぱいになるようなくらいしかスペースがありません。しかし私が行ったときは誰もいなかったので車をとめ放題です。「確かにこの沼
なら四台分のスペースで十分だろうな」と思うくらい静かな沼です。まさに本州最北端にふさわしい雰囲気を持った沼でした。左京沼についたのはちょうど午後
3時でした。
車を止めて沼のほうを見ると小さな桟橋といっそうのボートが岸に上げられているだけの静かな沼でした。今回の下
北の沼の中でもっとも静かな沼だったでしょう。
この左京沼には一つの伝説があります。昔京都で零落した左京太夫が、沼の近くに住んでいましたが、ある秋の
日に身の憐れを思って沼に身を投げ、七年後の同じ日に屍が
沼の岸に打ち上げられていらいその沼は左京沼と呼ばれるようになったというものです。本当だとしたらなかなか歴史がある沼ですし、確かにそのくらいの伝説
があってもおかしくない雰囲気を持った沼です。
さてこの左京沼には流入する河川も流出する河川もありません。つまりでっかい水たまりみたいになっています。
左京沼へ入る水は付近の森林や牧草地に降った雨が流れ込んでたまったものや地下からの湧水となって沸いた水のみです。左京沼から流出する水は海側の砂丘か
ら自然に海へ滲み出ていっていると考えられています。これより左京沼の水質は周囲の開発の影響をもろに受けると考えられます。実際左京沼の周囲は牧草地と
なっており家畜の糞が雨水に溶けこみ左京沼に流れ込んでいます。その結果左京沼の水質は著しく悪化しマリモもほぼ壊滅状態にあるといわれています。
左京沼についたらあとは帰るだけですので少しゆっくりしてお菓子を食べたりジュースを飲んでから出発で
す。やはり左京沼にいる間に誰もやってきませんでした。
左京沼を後にしてあとは八戸に帰るだけでしたが時間もあるしせっかくだから下北半島を横切って陸奥
湾側に出て恐山でも眺めながら帰ろう、と思いました。そこで陸奥湾側に出て再び南下…まぁ、これはマリモを主とした記録ですので帰り道は流します。車を止
め恐山をゆっくり眺めたあと、再び太平洋側へ抜けます。もうマリモ湖沼による必要は無いし天気も悪くなってきたのですっ飛ばして帰ります。単調な運転なの
で眠くなってきた頃、再び激しい雷雨になっていました。どうも八戸近辺は夕方雷雨に見舞われることが多いようでした。しかし姉沼で泥まみれになったことで
すし車体を洗い流してくれる雨は大歓迎です。車を返す前に、フェリー乗り場に行って北海道行きのフェリー
の時間を確認しておきます。もちろん蝦夷地に帰るためです。それからガソリンを満タンにして返さなければいけないのでガソリンスタンドへ。320キロほど
走ったのに23リットルの給油ですみました。やっぱり軽自動車は燃費良いなぁとほくそえみながら車を返します。そのあとはもうフェリーターミナルにいって
船に乗って蝦夷へと…と話題が下北から離れていくのでもうこの辺でやめます。最後まで読んでいただいた方ありがとうございました。
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