トップページへ
 
 

下北遠征記

〜第五章 本州最果ての左京沼へ〜 地 図は一番下です
 
 さて続いて本州最北端のマリモ生息湖沼「左京沼」を目指しま す。

 車はず〜っと海岸沿いを行くので窓を開けて快適なドライブです。道も広いので走りやすいですが六ヶ所村を抜けて左京沼のある東通村に入ってしばらく行く ととたんに道が悪くなります。海岸沿いの集落の中を抜ける細い道になります。しかも曲がりくねって走りにくいことこの上ない国道になります。国道の癖にこ の道かよ、と思いながら進みます。なんせバスとすれ違うのでも苦労しましたから。

 さて尾駮沼から30キロほど北上すると左京沼につくことができます。しかしこれまでの沼とはちがい、左京沼は ものすごくわかりにくいところにあるという事前情報を得ていました。これまでの沼は大きな道から直接見ることができましたからね。数年前までは近くの小学 校の作った手製の木製看板だけがたよりとのことでしたが、ようやく最近行政による鉄製の看板がついたとのことでした。しかも牧草地の中の砂利道をだらだら 行きさらに林の中を通ってやっとか沼につくということでした。

 とりあえず看板を見つけようと思い県道を行ったり来たりします。付近に人影は無く対向車もありませんので思 いっきりわき見運転したり時速20キロに落としたりして探しますが見つかりません。迷ったときは地元の人に聞くのが一番ですがそもそも人通りが無いので聞 くことはできません。付近は林と牧草地にいる家畜があるだけです。30分ほど迷った頃、ようやく看板を見つけることができました。決してわかりにくい位置 にあるわけではないですので訪れたい方は直ぐ見つかると思います。

 私の敗因は地図から距離を出すのを少し間違ったためです。しかし行政が最近設置した看板 が無ければ地元の人意外はほとんど行くことができないのではないかと思います。

 入り口が見つかったので早速車で乗り入れます。事前に調べた情報によると「左京沼までの道は対向車があったらす れ違えないほどだから県道に車を捨てて歩くのも良い。ただしクマには気をつけること」とありましたので、人が多いときは車を捨てていこうかなと思っていた のですが、ここまで寂しいと車から降りて歩くのがいやになります。クマに襲われても誰も助けに来てくれないことは確実でしょうから。私が訪れたとき左京沼 に向かう道の5キロ手前くらいから対向車も含め人っ子一人見ませんでした。

 車は情報どおり牧草地の中の砂利道をガタガタ走っていきます。牧草地といっても私のいったとき道の両脇に広が る牧草地には牛はいませんでした。「ラジオの電波もわるいなぁ」とか「ドコモでも圏外かぁ、事故ったら誰も助けに来てくれないんだろうなぁ」とか思いなが らゆっくり車を運転していきます。朝の姉沼のおかげで未舗装道路に対する慎重さを身につけることができました。しばらく走ると牧草地は終わり道は森の中に 入っていくようでした。
 


↑県道の脇にあった鉄製看板
これが無ければ左京沼はどこなのかわからなかった


↑地元小学校の手による看板


↑道は牧草地の中を進み森の中へ入っていく



↑道は森の中を進む


↑道の終わり右は左京沼


↑終点はこれだけのスペースしかない


↑左京沼 静かな沼だった


↑小さな桟橋から駐車場方向


↑陸奥湾と恐山

 さて森の中に入るとあたりは薄暗くなり窓からは虻がた んまり入ってきます。心細くなってきた頃、急坂を下って道の行き止まりになっています。その行き止まりがもう左京沼の湖畔になっています。道の行き止まり は車が四台も止まればいっぱいになるようなくらいしかスペースがありません。しかし私が行ったときは誰もいなかったので車をとめ放題です。「確かにこの沼 なら四台分のスペースで十分だろうな」と思うくらい静かな沼です。まさに本州最北端にふさわしい雰囲気を持った沼でした。左京沼についたのはちょうど午後 3時でした。

 車を止めて沼のほうを見ると小さな桟橋といっそうのボートが岸に上げられているだけの静かな沼でした。今回の下 北の沼の中でもっとも静かな沼だったでしょう。

 この左京沼には一つの伝説があります。昔京都で零落した左京太夫が、沼の近くに住んでいましたが、ある秋の 日に身の憐れを思って沼に身を投げ、七年後の同じ日に屍が 沼の岸に打ち上げられていらいその沼は左京沼と呼ばれるようになったというものです。本当だとしたらなかなか歴史がある沼ですし、確かにそのくらいの伝説 があってもおかしくない雰囲気を持った沼です。
 
 さてこの左京沼には流入する河川も流出する河川もありません。つまりでっかい水たまりみたいになっています。 左京沼へ入る水は付近の森林や牧草地に降った雨が流れ込んでたまったものや地下からの湧水となって沸いた水のみです。左京沼から流出する水は海側の砂丘か ら自然に海へ滲み出ていっていると考えられています。これより左京沼の水質は周囲の開発の影響をもろに受けると考えられます。実際左京沼の周囲は牧草地と なっており家畜の糞が雨水に溶けこみ左京沼に流れ込んでいます。その結果左京沼の水質は著しく悪化しマリモもほぼ壊滅状態にあるといわれています。

 左京沼についたらあとは帰るだけですので少しゆっくりしてお菓子を食べたりジュースを飲んでから出発で す。やはり左京沼にいる間に誰もやってきませんでした。


 左京沼を後にしてあとは八戸に帰るだけでしたが時間もあるしせっかくだから下北半島を横切って陸奥 湾側に出て恐山でも眺めながら帰ろう、と思いました。そこで陸奥湾側に出て再び南下…まぁ、これはマリモを主とした記録ですので帰り道は流します。車を止 め恐山をゆっくり眺めたあと、再び太平洋側へ抜けます。もうマリモ湖沼による必要は無いし天気も悪くなってきたのですっ飛ばして帰ります。単調な運転なの で眠くなってきた頃、再び激しい雷雨になっていました。どうも八戸近辺は夕方雷雨に見舞われることが多いようでした。しかし姉沼で泥まみれになったことで すし車体を洗い流してくれる雨は大歓迎です。車を返す前に、フェリー乗り場に行って北海道行きのフェリー の時間を確認しておきます。もちろん蝦夷地に帰るためです。それからガソリンを満タンにして返さなければいけないのでガソリンスタンドへ。320キロほど 走ったのに23リットルの給油ですみました。やっぱり軽自動車は燃費良いなぁとほくそえみながら車を返します。そのあとはもうフェリーターミナルにいって 船に乗って蝦夷へと…と話題が下北から離れていくのでもうこの辺でやめます。最後まで読んでいただいた方ありがとうございました。 


 
 

↑下北半島の図
緑が往路、茶色が復路

↑左記の小川原湖沼群付近の拡大図